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2011/12/20 ボランティアについて考える


皆様おはようございます。

昨日、営業の勉強会があり、そこで『炎の熊五郎』氏が講演に来て戴き、色々とお話をお伺いしたのですが、その中で自分が思った点を書いてみたいと思います。

熊五郎氏の話の中で、チラっと出てきた内容というよりは、単語の中で自分なりに考えた事ですので、講演内容とは関係ありません。。。


ボランティア

熊五郎氏の話の中で、この単語が出てきた内容は・・・

1.ボランティアできる人は、素晴らしい
2.自己の生活が成り立っていないのに、ボランティアは、できないよね?
3.もし、2の条件でもやってる人がいるとしたら、ボランティアって成り立つのだろうか?おかしいよね?

といった内容でした。
この辺の話をお伺いした時に、私の中で、モヤモヤとした物が晴れました。

どういう事か、私のロジックをお話すると。

1.ボランティアは素晴らしい事だというのは、認識している。
2.内容によって、ボランティアって正しいのか?と思う自分がいた。
3.ボランティアは、そもそも、する側の自己満足的な部分もあり、そこに寄り添う弱者がいる。
4.2・3を受けて、ボランティアって、そもそも弱者の為になるのだろうか?

という4点です。

最近、マネジメント系の仕事が多く、色々と考える事が多々ありました。
その辺も手伝って、私の出した結論は・・・

Case by case であるが、ボランティアは、やり方を間違えると、弱者を飼い殺しする様なものである。

というものです。

どういった事なのか?私の考えをご説明すると。

現状《ボランティア》と呼ばれている行動には、3種類が存在します。

1.現状のボランティア活動でしか支援できないもの
2.現状のボランティア活動の支援方法だと、弱者(ボランティアされる側)は、更に弱ってしまうもの
3.弱者の存在しないボランティア

3.に関して具体例を挙げるならば、自治会による公園の清掃等が挙げられると思います。
これは、今回の話に関係が無い部類に入りますので、割愛します。

1.の具体例を挙げる前に、2のお話をさせて戴くと。

ボランティアは、経済的に自立されている方が、自立されていない方に対して、施しを行うものだと認識しています。
理由としては、自身の生活が成り立っていないのに、ボランティア活動を行う事は不可能だと思うからです。
自身の命を削って、他人の幸せの為に尽力する事は、不可能ではないでしょうか?

現代では、基本的に経済活動の伴わない活動は、無いと思っています。
お金を使うだけが経済活動では無く、時間を使う事も経済活動の類に入ると思うからです。

故に、自身の経済的自立が無い方が、弱者に施しを与える事は、不可能だと思います。

弱者成立の要素として、何らかの問題を抱えており、その問題の解決方法が判らないor問題から目を背けている事が、挙げられると思います。
先天的な要素は、省かせて戴きます。

上記の要素を抱える方に対して、間違えた方法でボランティアを行っている場合が、2の分類に属すると考えます。

具体的には・・・

・浮浪生活者に対する炊き出し
・浮浪生活者に対する就職斡旋
厳しい見方をするのであれば、
・一部の生活保護者に対する行政支援

等々です。

何故この類なのか?

弱者は、支援者がいるから、自分の立場で生活できてしまいます。
這い上がろうとする気持ちがある時は良いと思いますが、自身が気づかないうちに、その生活に慣れてしまい、口だけ『なんとか現状から這い上がりたい』と言うのではないでしょうか?

認知症の方や、そのご家族が、『認知症である』と本当に認識する事が難しい事に似ていると思います。

『認知症』は、認識する事の難しい病です。そういった方々を多々見ております。
認識されている場合は、その現状を解決する方法を模索し始めますが、認識されていない場合は、その場しのぎの考え方に陥ります。

弱者の方にも同等の事が言えるケースは多いと思います。

頭で、『自分は弱者だ』と認識していても、生活できてしまっているが故に、『生きていられるならいいか』と【妥協】してしまっていると思います。

では、それらに対しての打開策は?という事に言及していきますが、あくまで、私個人の意見であり、正解かどうかという点については判りませんので、その点をご理解の上、ご一読願います。
まあ、一案として読んで戴けたらと思います。

私の意見としては、それらの方を巻き込んだ『ビジネスモデル』を作り、それぞれの方に対して、自身で仕事をさせる事がいいと思います。

例えば、現状に合わせた内容で話をするならば、『炊き出しを受け取る場合に、アルミの空き缶を●●個集めてくる』といったところでしょうか。ただ、こんな内容は、全くもって解決の方向に進みませんので、論外ではありますが、ビジネスの構築を行う上で、こういった弱者の方を巻き込んだ方法をもっと模索する方々が増えた場合に、一つの社会問題も解決に進むと考えています。

私の考えているビジネスプランは、ここでは披露できませんが、弱者の方々を巻き込んだwinwinの関係が築けるビジネスプランを模索できた時に、世の中は、次の時代へと進むと思います。

ここで、話はそれますが、ここまで弱者弱者と書いてあり、『差別だ!』とか『侮蔑だ!』とか言う方がいるかも知れませんが、そういった認識を持つ方々は、当事者であれば、『認識不足であり、現状から這い上がる事を諦めた方』だと思います。ボランティアされている側の方であれば、『そういった方々に支援してもらっている弱者の方々は、自分の立場が認識できずかわいそう』だと思います。

現状のビジネス構築は、10年前と変化が著しいと思います。
手形を切る様な売り掛けは、激減しています。
物を売るだけの『営業』が淘汰される時代になってきています。
人脈形成の表立った集まりが激増しています。
商品についての価格設定・売価設定がよりシビアになっています。
etc

もしかすると、ボランティアされている方の中には、『飼い殺し』する事によって、競争相手が減る事を目的としている方がいるのかも知れません。(無いと思いますが・・・)

ただ、今後のビジネスシーンを変化に合わせて考えた場合に、今回記述した内容の根底の考え方が、基礎となる時代がくると考えています。

時代は、前人の知恵に現代人の知恵を重ねて発達していくものです。全ての行動に利権があり、その利権を守ろうとする前人由来の人がいれば、その利権を得ようとする知恵を重ねた人もいます。

今後は、人脈と信頼(信用では無く)が、より強い力となる時代が訪れます。
その上で、何を今成すべきか?という点で、今回の話をきっかけに考える方が一人でも増えて戴けたらと思います。

まあ、読んで戴ける方が少ないので、どれだけ私の考えが伝わるか・・・、影響力なんて無い私ですから・・・

1.についての言及をしていませんでしたが、ここまでの流れで推測してみて下さい。

では、皆様にとって、よいビジネスライフが訪れます様に。




小澤




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